社会福祉法人の合併・事業譲渡におけるデューデリジェンス(DD)解説3|社会福祉法人の合併・譲渡で見落としてはいけない貸借対照表(B/S)の読み解き方

はじめに:合併とは「相手の過去」をすべて引き受けること

社会福祉法人の経営者の皆様にとって、法人の合併や事業譲渡は、地域の福祉を守るための大きな決断です。しかし、この決断には「相手法人のこれまでの歴史をすべて引き継ぐ」という重い責任が伴います。

法人の歴史が最も色濃く反映されているのが、貸借対照表(バランスシート:B/S)です。ここには、設立から今日に至るまでの資産の積み上げと、負債の記録が残されています。

もし、B/Sに記載された数字が実態と異なっていたらどうなるでしょうか?

「資産があると思っていたのに、実は価値がなかった」「知らない借金が後から出てきた」――。こうした事態を防ぐために、財務デューデリジェンス(DD)ではB/Sを徹底的に「解剖」します。

今回は、その精査のポイントを分かりやすく解説します。


1. 資産の部:その「未収金」や「積立金」は本物ですか?

POINTB/Sの左側、資産の部は、文字通り法人の「資産」を示します。
しかし、帳簿に載っている金額が、そのまま「使えるお金」であるとは限りません。

現金預金の「実在性」を確認する

「通帳に1億円ある」と書かれていても、それが本当に法人の自由になるお金かを確認する必要があります。

実務でのチェック銀行の残高証明書と帳簿を突き合わせるだけでなく、特定の事業にしか使えない「使途制限」がついた資金でないかを確認します。

未収金(介護報酬・利用料)の「回収可能性」

社会福祉法人で特に重要なのが、行政からの介護報酬や利用者様からの利用料の未収金です。

合併時に重要な理由帳簿に数千万円の未収金が載っていても、何年も前の回収不能なものが含まれていたら、それは資産ではなく「価値のないもの」を引き継ぐことになります。
DDでは、滞納の期間を分析し、現実に回収できる金額まで数字を「削る」作業を行います。

ちなみに私の法人でも、デューデリジェンス(DD)ではなく、会計監査人による会計監査を数年前に実施したことがあります。その際に、10年程前の利用料金の未納分が未収金としてそのまま計上されていることもありました。

むらき

もう何年も前から未納になっていた回収不能であろう未収金は意外にあるかもしれません。


2. 固定資産の落とし穴:建物と土地の「真の価値」

POINT社会福祉法人の資産の大部分を占めるのが、建物や土地などの「固定資産」です。ここには、決算書を見ただけでは分からないリスクが潜んでいます。

施設の老朽化と「隠れた修繕義務」

建物は減価償却によって帳簿上の価値は減っていきますが、実態としての「傷み」はもっと深刻かもしれません。

合併時に重要な理由合併した翌年に「屋根の防水工事で1億円必要」「エレベーターの全交換が必要」という事態が発覚することがあります。
DDでは、将来発生するであろう大規模修繕の予測を立て、それを実質的な「負債」として考慮します。

土地の時価を正しく把握する

数十年前に取得した土地が、現在の市場価格では半分以下の価値しかない(逆に数倍の価値になっている)というケースも珍しくありません。

むらき

法人がもつ「実際の資産」を正しく測るためには、時価での評価が欠かせません。


3. 負債の部:把握されていない「簿外負債」の有無

POINTB/Sの右側、負債の部は法人の「義務」です。
最も怖いのは、帳簿に載っていない負債、すなわち「簿外負債」です。

労務リスク(未払残業代など)

労務リスクは、福祉現場で最も発生しやすいものです。

実務でのチェックタイムカードなどの出勤簿と給与明細を照合し、宿直手当や残業代の計算が法律通りになされているかも確認します。
合併時に重要な理由もし不適切な計算が続いていた場合、合併した瞬間に、新法人は全職員に対して過去数年分の未払賃金を支払う義務を負います。こうした事態を避けるためにも、労務管理がしっかり行われているか把握する必要があります。

退職給付債務の「積立不足」

POINT職員が将来退職する際に支払うお金が、現在の積立金(退職共済など)で足りているかを計算します。
合併時に重要な理由独自の退職金制度を持っている法人の場合、積立が数千万円単位で不足していないか、適正であるのかを把握する必要があります。

4. 純資産の部:法人の「本当の体力」を見極める

POINT資産から負債を引いたものが「純資産」です。これが法人の本当の「正味の財産(自己資本)」となります。

「実態純資産」の算定

DDの目的の一つに、これまでの修正(資産の価値を減らし、簿外負債を足す)をすべて反映させた後の「実態純資産」を算出することがあります。

ケーススタディ◾️帳簿上の純資産:1億円
◾️資産の修正(回収不能な未収金など):▲2,000万円
◾️負債の修正(未払残業代や修繕引当など):▲5,000万円

実態純資産:3,000万円

このように、帳簿上は1億円の価値があるように見えても、実態は3,000万円しかないということが現実に起こります。
(このようなケースは実際にはあまりありませんが・・・)


5. なぜ社会福祉法人の経営者にこの視点が必要なのか?

「社会福祉法人は営利法人ではないから、資産価値なんて関係ないのでは?」

と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、合併や譲渡は、「地域やその住民への福祉サービスの供給責任を引き継ぐ」という目的のために行われます。

資産の実態を知らずに合併を進めてしまい、後から多額の負債や修繕費に追われ、自法人の経営まで立ち行かなくなれば、元も子もありません。

利用者を守るために: 財務が健全であってこそ、安定したケアが続けられます。

職員を守るために: 隠れたリスクを事前に把握していれば、無理のない統合計画を立てられます。

理事としての責任: 適切な調査を行わずに「マイナスの資産」を引き継ぐことは、法人に対する忠実義務違反に問われかねません。

まとめ:B/Sを把握することで、過去から現在がわかる

貸借対照表(B/S)を精査することは、相手法人の粗探しをすることではありません。

「これまでの課題をすべて洗い出し、きれいな状態で新しい一歩を踏み出す」ための儀式のようなものです。

合併や事業譲渡という大きな節目において、B/Sの数字一つひとつに込められた実態を直視する。その勇気と誠実さこそが、地域の福祉を次世代へと繋ぐ、最も確実な土台となります。

「本当の姿」を知った上で、どう支え合い、どう再生させていくか。デューデリジェンスはそのための、経営者にとっての「羅針盤」なのです。


本記事は、著者が一般的な社会福祉法人の財務状態を評価する際の視点を解説したものです。実際の調査にあたっては、建物の耐用年数や労務管理ではどこまで精査するかなど、それぞれの法人の判断が必要となりますので、必ず公認会計士、社会保険労務士等の専門家へご相談ください。

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村木 宏成

福祉の世界にたずさわり、さまざまな種別の福祉事業に取り組んできました。 生産年齢人口の急減に伴う「供給制約」、出生数減少に伴う保育需要の減少、後期高齢者数のピークアウトに伴う「需要消失」、そうした課題が、それぞれの地域ごとに並列していく時代がきています。これからの社会福祉法人は、それぞれの地域での福祉サービスを継続していくためにも、法人の合併・事業譲渡・社会福祉事業の再編統合なども視野に入れていかなければなりません。 社会福祉事業を経営するあなたの事業の悩み、問題、課題の最適解を一緒に考えていきましょう。 趣味は神社仏閣巡り 大宮の氷川神社、成田山新勝寺には長年通い続けています。

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