社会福祉法人の合併・事業譲渡におけるデューデリジェンス(DD)解説4|社会福祉法人の「稼ぐ力」を解剖する:持続可能な未来を創るための事業活動計算書(P/L)分析

はじめに:黒字なら安心、赤字ならダメ……ではありません

社会福祉法人の理事長や経営層の皆様が、他法人の合併や事業譲渡を検討する際、まず初めに見ようとするのは、決算書のなかの事業活動計算書の「当期末繰越活動増減差額(いわゆる当期利益)」ではないでしょうか。

しかし、デューデリジェンス(DD)の現場では、この表面上の数字をそのまま受け止めることはありません。

なぜなら、その黒字が「たまたま入った」寄付金や助成金、交付金のおかげかもしれませんし、逆にその赤字は「将来に向けた前向きな投資」の結果かもしれないからです。

法人の合併や譲渡は、何十年と続く事業を引き継ぐ作業です。大切なのは「今、いくら儲かっているか」ではなく、「引き継いだ後も、安定して運営を続けられる実力があるか」という点です。

この記事の内容今回は、事業活動計算書(いわゆるP/L)の精査ポイントについて解説します。

1. 収益の質を問う:その収入は「来年」も続きますか?

POINTまず行うのは、収益源の構成分析です。社会福祉法人の収入は、主に介護報酬や措置費、利用料収入、そして補助金や寄付金で構成されます。



◾️収入の継続性
◾️拠点やサービス区分ごとの収益性

この2つの視点は、法人の「稼ぐ力」を分析するために大切です。以下で詳しく解説します。

収入の継続性をチェックする

DDでは、以下のような「一時的な収入」を徹底的に排除して考えます。

◾️国庫補助金等特別積立金の取崩額: これは会計上の調整であり、キャッシュ(現金)が入ってくるわけではありません。

◾️一時的な寄付金や助成金: 特定のイベントや、今回限りで終わる助成金に頼った経営になっていないかを見ます。

◾️資産売却益: 土地や建物を売って得た利益は、その年限りのものです。

拠点区分やサービス区分ごとの収益性

複数の事業所(特別養護老人ホーム、デイサービス、訪問介護など)を運営している場合、どの事業が利益を出し、どの事業が足を引っ張っているかを切り分けます。

意義・必要性

合併後に「不採算部門をどう立て直すか」という具体的な戦略を立てるためには、この「事業ごとの素顔」を知る必要があるためです。

2. 費用の効率性を問う:人件費と事業費の「適正さ」

POINT次に、お金が何に使われているかを詳しく見ます。
社会福祉事業の支出割合で一番大きいのは、「人件費」です。
社会福祉事業というのは、労働集約的事業がほとんどだからです。

人件費率の推移と背景

人件費率(収入に対する人件費の割合)が業界平均と比べてどう推移しているかを確認します。

◾️人件費率が高すぎる場合: 職員の配置に過剰ではないか、あるいは給与水準が高すぎるのか。

◾️人件費率が低すぎる場合: サービス品質が維持できているか、あるいはサービス残業などの労務リスクが隠れていないか。

事業費・事務費の精査

POINT水道光熱費、給食費、委託料などの推移を見ます。
実務でのチェックポイント特定の業者に対して、相場より高い委託料を支払っていないか。また、理事長等の親族に関連する会社への不透明な支出がないかを確認します。

以上を精査することにより、合併・譲渡後、スケールメリット(共同購入など)を活かしてコストを削減できる余地がどれくらいあるかを判断する材料になります。


3. 「正常収益力」という魔法の杖:実力値を算出する

POINTDDの最も重要な実務項目が、この「正常収益力」の算定です。
これは、決算書上の利益に「修正」を加え、法人の「真の実力」を浮き彫りにする作業です。

具体的な修正の例

修正の例◾️一時的費用のプラス修正: 昨年たまたま行った「大規模修繕費」や「退職金の一時払い」などは、来年は発生しないため、利益にプラスして戻します。

◾️未計上費用のマイナス修正: 本来支払うべき「未払残業代」や、将来に備えた「修繕引当金」の積み立てが足りない場合、それを費用として利益から差し引きます。

意義・必要性

この「正常収益力」こそが、譲受側の法人が最も注目すべき数字です。

「今の黒字は、実は修繕を先延ばしにしているだけだった」といった実態が見えれば、譲渡価格の交渉や、引き受けた後の資金計画を根本から見直すことができます。


4. キャッシュフローとの整合性:利益は「現金」で残っていますか?

POINT「勘定合って銭足らず」という言葉があるように、会計上の利益が出ていても、手元に現金が残っていない法人は危険です。

資金繰りの実態を把握する

P/L上の利益と、実際のキャッシュの流れ(通帳の動き)を突き合わせます。

実務でのチェック多額の減価償却費がある一方で、借入金の返済がそれを上回っていないか。
設備更新のための積み立てが計画通りに行われているか。

意義・必要性

合併後に「いきなり資金ショートする」という最悪の事態を防ぐため、将来の資金繰り表をシミュレーションするために不可欠な視点です。


5. なぜ合併・譲渡の場面で「P/LのDD」が必要なのか?

社会福祉法人の経営者にとって、P/Lの精査は以下の3つの決断を下すための根拠となります。

① 借入金の返済能力があるか

相手法人が抱えている借入金を、これからの事業収入(正常収益力)で無理なく返していけるかどうか。

これがNOであれば、自法人の資産を切り崩すことになり、共倒れのリスクが生じます。

② 職員の処遇を維持できるか

「正常収益力」が低すぎる場合、合併後に自法人の給与水準に合わせようとすると、一気に赤字に転落する可能性があります。職員の雇用と待遇を守るためには、正確な収益分析に基づいた人件費設計が欠かせません。

③ 施設を維持・更新し続けられるか

福祉事業は、建物の老朽化との戦いです。
毎年の利益の中から、10年後、20年後の大規模修繕や建て替えのための資金を捻出できるかどうか。

P/Lの精査は、「地域福祉の拠点を永続させるための責任」を果たすための調査なのです。


まとめ:数字の「連続性」が法人の信頼を創る

損益計算書(P/L)を分析することは、相手法人が歩んできた「努力の軌跡」と「今後の課題」を理解することに他なりません。

「たまたま運が良かった黒字」ではなく、「仕組みとして生み出されている利益」を見極めること。
それができて初めて、経営者は自信を持って合併や事業譲渡のハンコを押すことができます。

デューデリジェンスを通じて、表面的な数字の奥にある「法人の生命力」を正しく評価する。

むらき

その誠実な姿勢が、統合後の新しい組織の成長と、利用者様への変わらぬサービスの提供を約束するのです。


本記事は、一般的な社会福祉法人における収益性分析の重要性を解説したものです。実際の分析においては、各種別の報酬改定の影響や地域特性など、多角的な視点が必要となります。詳細な分析については、必ず公認会計士等の専門家にご相談ください。

▼DDについてもっと詳しく知りたい方は以下の記事もお読みいただけます。

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村木 宏成

福祉の世界にたずさわり、さまざまな種別の福祉事業に取り組んできました。 生産年齢人口の急減に伴う「供給制約」、出生数減少に伴う保育需要の減少、後期高齢者数のピークアウトに伴う「需要消失」、そうした課題が、それぞれの地域ごとに並列していく時代がきています。これからの社会福祉法人は、それぞれの地域での福祉サービスを継続していくためにも、法人の合併・事業譲渡・社会福祉事業の再編統合なども視野に入れていかなければなりません。 社会福祉事業を経営するあなたの事業の悩み、問題、課題の最適解を一緒に考えていきましょう。 趣味は神社仏閣巡り 大宮の氷川神社、成田山新勝寺には長年通い続けています。

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