介護報酬は利益がでれば下げる!?利益がなくなれば上げる!?|介護報酬の決め方問題1

介護報酬改定への意見

令和6年4月(一部は6月)は介護報酬改定がありました。

これを読まれている方も新加算のことや医療連携など諸々の対応に追われたのではないかと思います。

今回の介護報酬の改定では、賃金格差の課題などがあるものの、全体としてはプラス改定になりました。

今回の報酬改定のプロセスやその改定されたあとの政策当局の話を聞いていて、私が感じていること、憂慮していることを少しまとめます。

報酬改定の算定根拠が、たった1年間の介護事業経営実態調査に基づく?

今回の報酬改定は全体としてはプラスになったものの、すべてのサービスで上げられたわけではなく、

サービスの種類によってはマイナスとなってしまう

という、ある意味まだら模様な改定になったように思います。

その一例として、

Tips「介護老人福祉施設(いわゆる特別養護老人ホーム)」などは基本報酬がプラスになるなか、
「訪問介護(いわゆるヘルパー事業所)」は基本報酬がマイナスとなりました。
(その分、なのかはわかりませんが、処遇改善の加算率は訪問介護が一番高くなっていました)

今回「訪問介護」がマイナスになったことの説明を政策当局からお聞きしていて、

介護事業経営実態調査(以下、実調)の結果で、収支差が(+7.8%と)比較的大きくでていたこと

が、そのマイナス改定になった根拠として挙げられていました。

たしかに実調によれば、

・今回の改定でプラスになった介護老人福祉施設は、その収支差が▲1.0%
・介護老人保健施設でも、▲1.1%

で赤字となっています。

今回の報酬改定では令和3年と令和4年の比較は用いているものの、

令和4年の実調の結果で収支差が大きくプラスになれば、報酬を下げられ、収支差がほとんどでない、またはマイナスであれば、報酬を引き上げる

という形になりました。

「収支差で利益がでたら報酬は下げる、収支差がほとんどなくなれば上げる!?」
これでは事業として成り立たない

今回の訪問介護事業所と介護老人福祉施設の例にもあるように、

収支差がプラス(黒字)になれば報酬を引き下げられ、収支差がほぼでないまたはマイナス(赤字)になれば、ようやく報酬を引き上げられる。

このような形での報酬改定では、「黒字をだして利益を確保する」そういったあたりまえの経営努力が、全く無駄になってしまうやり方です。

せっかく利益を出しても、その利益がでていることが報酬を引き下げる根拠となるためです。

そもそも我々は介護保険制度で利益を出しているわけではなく、それぞれの経営努力によって、利益を確保している。

その努力が全く報われず、利益を出ていれば、報酬を下げる根拠となってしまうのであれば、

「我々の経営努力とはなんだろう」

となってしまう。

さらにそこには「適正利潤」のような概念も存在していない。

適正利潤はわかりやすく言えば、

「この事業にはこれくらいの利潤がなければ、再生産コストをまかなうことができない、だからこれくらいの利潤は必要なのだ」

という概念だ。


単純に様々な介護保険のサービスの種類のなかで、相対的にみて利益がでていれば、報酬を引き下げる根拠となっている。

そんなことであれば、そもそも事業として成り立たたない。

「未来のコストが賄うのは、今の利益しかない」


このように、たった一年の実調で報酬の上げ下げが判断されてしまうこと、また相対的に利益が出ていれば下げられ、利益がでなくなれば上げる、ということになると、事業の継続性というものをいずれ担保できなくなる。

「利益の蓄積(=再生産コスト)」ができなくなるためだ。

ドラッカーは利益を次のように定義している。


「企業人自身が利益について基本的なことを知らない・そのため彼らが互いに話していることや、一般に向かって話していることが、企業の本来とるべき行動を妨げ、一般の理解を妨げる結果となっている。利益に関して最も基本的な事実は、そのようなものは存在しないということだけである。存在するのはコストだけである」

利益は目的でもないし、動機でもない。利益とは、企業が事業を継続・発展させていくための条件である。明日さらに優れた事業を行うためのコスト、それが利益である。

利益がなければ、コストを賄うことも、リスクに備えることもできない。社会が必要とする財・サービスを提供することができず、人を雇用することもできない。したがって利益を上げることが企業にとっての第一の社会的責任である。

「利益と社会的責任との間にはいかなる対立も生じない。真のコストをカバーする利益をあげることこそ、企業に特有の社会的責任である」

ーP.F.ドラッカー『すでに起こった未来』より

私も利益の定義をこのように捉えています。未来のコストを賄うために利益が存在する。

特に社会福祉法人は、配当もなければ、資金が外部流出することを厳しく規制されている。

利益はそもそも未来のコスト(再生産コスト)にしか使えない。

古くなった建物の建て替え、設備の更新、人件費上昇の原資、ICT機器など新しい機器の導入、災害や新たな感染症への備え、などは蓄積した利益からまかなわれるものです。

ところが、適正利潤や再生産コストという概念・考え方は今の報酬改定ではほとんど議論されていません。

また業界の各種団体も、「経営は厳しい、報酬を上げよう」とは言っても、「適正利潤や再生産コストのことも考えてほしい」と主張しているところはないように思えました。

もちろん、その適正利潤や再生産コストを考えるうえでの課題もあります。

介護保険制度の経営主体は様々だ。

株式会社もあり、NPOもあり、医療法人もあり、他にも様々な主体が参入しており、会計処理もそれぞれだからです。

様々な経営主体があるなかで、では「どのように適正利潤や再生産コストを考えるのか」という課題も残っている。

適正利潤や再生産コストの議論をしていく必要

今回の報酬改定をみていて、

相対的に利益がでているかいないか

ではなく、

これくらいの利益がなければ、将来のコストを賄うことができない

という適正利潤や再生産コストの考え方を次期報酬改定までに考え、政策当局に訴えていく必要があるのではないかと思っています。

このことを福祉業界や社会福祉事業を営む社会福祉法人にも共有、訴えていきたいと思っています。

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村木 宏成

福祉の世界にたずさわり、さまざまな種別の福祉事業に取り組んできました。 生産年齢人口の急減に伴う「供給制約」、出生数減少に伴う保育需要の減少、後期高齢者数のピークアウトに伴う「需要消失」、そうした課題が、それぞれの地域ごとに並列していく時代がきています。これからの社会福祉法人は、それぞれの地域での福祉サービスを継続していくためにも、法人の合併・事業譲渡・社会福祉事業の再編統合なども視野に入れていかなければなりません。 社会福祉事業を経営するあなたの事業の悩み、問題、課題の最適解を一緒に考えていきましょう。 趣味は神社仏閣巡り 大宮の氷川神社、成田山新勝寺には長年通い続けています。

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