
はじめに:黒字なら安心、赤字ならダメ……ではありません
社会福祉法人の理事長や経営層の皆様が、他法人の合併や事業譲渡を検討する際、まず初めに見ようとするのは、決算書のなかの事業活動計算書の「当期末繰越活動増減差額(いわゆる当期利益)」ではないでしょうか。
しかし、デューデリジェンス(DD)の現場では、この表面上の数字をそのまま受け止めることはありません。
なぜなら、その黒字が「たまたま入った」寄付金や助成金、交付金のおかげかもしれませんし、逆にその赤字は「将来に向けた前向きな投資」の結果かもしれないからです。
法人の合併や譲渡は、何十年と続く事業を引き継ぐ作業です。大切なのは「今、いくら儲かっているか」ではなく、「引き継いだ後も、安定して運営を続けられる実力があるか」という点です。
1. 収益の質を問う:その収入は「来年」も続きますか?

◾️収入の継続性
◾️拠点やサービス区分ごとの収益性
この2つの視点は、法人の「稼ぐ力」を分析するために大切です。以下で詳しく解説します。
収入の継続性をチェックする
DDでは、以下のような「一時的な収入」を徹底的に排除して考えます。
◾️一時的な寄付金や助成金: 特定のイベントや、今回限りで終わる助成金に頼った経営になっていないかを見ます。
◾️資産売却益: 土地や建物を売って得た利益は、その年限りのものです。
拠点区分やサービス区分ごとの収益性
複数の事業所(特別養護老人ホーム、デイサービス、訪問介護など)を運営している場合、どの事業が利益を出し、どの事業が足を引っ張っているかを切り分けます。
意義・必要性
2. 費用の効率性を問う:人件費と事業費の「適正さ」

社会福祉事業の支出割合で一番大きいのは、「人件費」です。
社会福祉事業というのは、労働集約的事業がほとんどだからです。
人件費率の推移と背景
人件費率(収入に対する人件費の割合)が業界平均と比べてどう推移しているかを確認します。
◾️人件費率が低すぎる場合: サービス品質が維持できているか、あるいはサービス残業などの労務リスクが隠れていないか。
事業費・事務費の精査
以上を精査することにより、合併・譲渡後、スケールメリット(共同購入など)を活かしてコストを削減できる余地がどれくらいあるかを判断する材料になります。
3. 「正常収益力」という魔法の杖:実力値を算出する

これは、決算書上の利益に「修正」を加え、法人の「真の実力」を浮き彫りにする作業です。
具体的な修正の例
◾️未計上費用のマイナス修正: 本来支払うべき「未払残業代」や、将来に備えた「修繕引当金」の積み立てが足りない場合、それを費用として利益から差し引きます。
意義・必要性
「今の黒字は、実は修繕を先延ばしにしているだけだった」といった実態が見えれば、譲渡価格の交渉や、引き受けた後の資金計画を根本から見直すことができます。
4. キャッシュフローとの整合性:利益は「現金」で残っていますか?
資金繰りの実態を把握する
P/L上の利益と、実際のキャッシュの流れ(通帳の動き)を突き合わせます。
設備更新のための積み立てが計画通りに行われているか。
意義・必要性
合併後に「いきなり資金ショートする」という最悪の事態を防ぐため、将来の資金繰り表をシミュレーションするために不可欠な視点です。
5. なぜ合併・譲渡の場面で「P/LのDD」が必要なのか?

社会福祉法人の経営者にとって、P/Lの精査は以下の3つの決断を下すための根拠となります。
① 借入金の返済能力があるか
相手法人が抱えている借入金を、これからの事業収入(正常収益力)で無理なく返していけるかどうか。
これがNOであれば、自法人の資産を切り崩すことになり、共倒れのリスクが生じます。
② 職員の処遇を維持できるか
「正常収益力」が低すぎる場合、合併後に自法人の給与水準に合わせようとすると、一気に赤字に転落する可能性があります。職員の雇用と待遇を守るためには、正確な収益分析に基づいた人件費設計が欠かせません。
③ 施設を維持・更新し続けられるか
福祉事業は、建物の老朽化との戦いです。
毎年の利益の中から、10年後、20年後の大規模修繕や建て替えのための資金を捻出できるかどうか。
P/Lの精査は、「地域福祉の拠点を永続させるための責任」を果たすための調査なのです。
まとめ:数字の「連続性」が法人の信頼を創る
損益計算書(P/L)を分析することは、相手法人が歩んできた「努力の軌跡」と「今後の課題」を理解することに他なりません。
「たまたま運が良かった黒字」ではなく、「仕組みとして生み出されている利益」を見極めること。
それができて初めて、経営者は自信を持って合併や事業譲渡のハンコを押すことができます。
デューデリジェンスを通じて、表面的な数字の奥にある「法人の生命力」を正しく評価する。
その誠実な姿勢が、統合後の新しい組織の成長と、利用者様への変わらぬサービスの提供を約束するのです。
本記事は、一般的な社会福祉法人における収益性分析の重要性を解説したものです。実際の分析においては、各種別の報酬改定の影響や地域特性など、多角的な視点が必要となります。詳細な分析については、必ず公認会計士等の専門家にご相談ください。
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社会福祉法人愛生会 理事長 / 趣味は神社仏閣巡りです。大宮の氷川神社と成田山新勝寺はずっと通い続けています。これからの社会福祉法人経営の悩み、問題、課題を一緒に考えていきましょう。

ましも法律事務所 代表/ 再び「スラムダンク」にはまっています。「最後まであきらめない」気持ちが仕事に向き合う姿勢と共感するからでしょうか。休日には「乗り鉄」の子供と一緒に関東近郊に「電車の旅」に出ています。車窓を見ながら本を読む時間が楽しみです。

所属:GSPartners / 大手会計事務所でM&A、組織再編など幅広い案件に携わってきました。地元秋田に戻ってからは、社会福祉法人監査など社会福祉事業に関する業務も手掛けております。皆様の課題解決の一助となれれば幸いです。週末は、小学生の息子と日帰り温泉巡りをしています。
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