
はじめに:表面的な「黒字」に騙されない経営判断を
社会福祉法人の合併や事業譲渡において、最も避けなければならないのは、統合後に「こんなはずではなかった」と後悔することです。
相手法人が提出する決算書が「全体で黒字」であっても、その中身を詳細に分析しなければ、将来の経営を揺るがすリスクを見逃してしまいます。
今回は、財務調査報告書(デューデリジェンス報告書以下DD)の中でも特に実務的で重要な3つの指標である、
・資金収支差額率
・現預金支出比率
に焦点を当て、経営者がどこに注目すべきかを解説します。
DDにおける重要指標①「各拠点の収益性」:不採算部門の「構造」を見極める

法人の全体収支が安定していても、拠点ごとの数字を並べてみると、全く異なる景色が見えてくることがあります。
拠点別分析のチェックポイント
ここで重要なのは、単に「赤字か黒字か」だけではありません。
その赤字が「一時的なもの」か「構造的なもの」かを見極めることです。
具体的には、以下のような点を確認します。
◾️共通費の配賦: 本部費用が各拠点に適切に振り分けられているか。本部のスリム化によって改善可能な赤字なのかを確認します。
合併・譲渡における意義
もし、特定の拠点が構造的な赤字を垂れ流しており、改善の見込みが立たない場合、その拠点を引き継ぐことは自法人の体力を奪うことに直結します。
「全体で帳尻が合っているから」と見過ごさず、拠点ごとの採算性を把握することで、不採算事業の縮小や撤退、あるいは経営改善の具体的な「処方箋」を統合前に用意することが可能になります。
DDにおける重要指標②「事業活動資金収支差額率」:本業の「現金創出力」を測る
次に注目すべきは、資金収支計算書から導き出される「事業活動資金収支差額率」です。
なぜ「利益」ではなく「差額率」なのか?
損益計算書上の「利益」には、減価償却費などの「実際にはお金が出ていかない費用」が含まれています。
一方、この「資金収支差額率」は、まさに法人の「キャッシュを稼ぐ力」を表します。
合併・譲渡における意義
借入金の返済や将来の施設修繕は、すべてこの「事業活動によるキャッシュ」から支払われます。
財務調査を通じてこの比率を正しく算出することは、新法人が自立して運営していけるかを確認するための、極めて重要な「生存確認」なのです。
DDにおける重要指標③「現預金対事業活動支出比率」:不測の事態への「防衛力」

最後に、法人の短期的な安全性を象徴する「現預金対事業活動支出比率」を確認します。
「手元流動性」の重要性
社会福祉法人は、介護報酬の入金まで約2ヶ月のタイムラグがあります。また、突発的な設備の故障や、感染症による利用控えなどのリスクが常にあります。
合併・譲渡における意義
この比率が極端に低い法人との統合は、合併した翌月から「資金ショートの回避」に奔走することを意味します。
相手の通帳残高が1億円あっても、毎月の支出が1億円であれば、それは余裕があるとは言えません。
財務調査報告書でこの比率を確認することで、統合直後にどれだけの「運転資金の輸血」が必要になるかを事前に把握し、銀行との融資交渉をあらかじめ進めておくといった、先手を打った経営が可能になります。
まとめ:数字の裏にある「経営の癖」を掴む

今回ご紹介した3つの指標は、単なる統計データではありません。それらは、相手法人がこれまでどのような「癖」を持って経営してきたかを映し出す鏡です。
・資金収支差額率 →継続できる実力があるかを知る。
・現預金支出比率 →今すぐ倒れるリスクがないかを知る。
デューデリジェンスを通じてこれらの数字を客観的に把握することは、相手を疑うことではなく、地域福祉の拠点を末永く守り抜くための、経営者としての「誠実な準備」なのです。
確かなデータに基づいた決断こそが、利用者、職員、そして地域社会の未来を明るいものにします。
本記事は、著者が一般的な社会福祉法人の財務分析の視点を解説したものです。実際の拠点分析や比率の判定には、多角的な専門知識が必要となりますので、必ず公認会計士等の専門家による調査を実施してください。
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社会福祉法人愛生会 理事長 / 趣味は神社仏閣巡りです。大宮の氷川神社と成田山新勝寺はずっと通い続けています。これからの社会福祉法人経営の悩み、問題、課題を一緒に考えていきましょう。

ましも法律事務所 代表/ 再び「スラムダンク」にはまっています。「最後まであきらめない」気持ちが仕事に向き合う姿勢と共感するからでしょうか。休日には「乗り鉄」の子供と一緒に関東近郊に「電車の旅」に出ています。車窓を見ながら本を読む時間が楽しみです。

所属:GSPartners / 大手会計事務所でM&A、組織再編など幅広い案件に携わってきました。地元秋田に戻ってからは、社会福祉法人監査など社会福祉事業に関する業務も手掛けております。皆様の課題解決の一助となれれば幸いです。週末は、小学生の息子と日帰り温泉巡りをしています。
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